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大阪高等裁判所 平成5年(ラ)239号 決定 1993年8月09日

別紙当事者目録記載のとおり

主文

原命令を取り消す。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨は、主文同旨の裁判を求めるというのであって、その理由は別紙抗告状(写)に記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1  抗告人らの本件における請求の趣旨第一項及び第二項の各請求はいずれも非財産権上の請求であるところ、一つの訴えをもって数個の非財産権上の請求が主観的、客観的に併合されている場合、非財産権上の請求についても「訴えをもって主張する利益」というものを観念することができないわけではない以上、その訴額は、民訴法二三条一項に準じて、各請求の擬制訴額である九五万円(民事訴訟費用法四条二項)を合算して算定するのが原則であるというべきであるが、その数個の請求をもって主張する非財産的利益が全請求について共通であって、それぞれ独立したものとは認められないようなときは、例外的にこれを一個の請求と同様のものとみて、訴額も合算しないこととするのが相当というべきである。

2  そこで、抗告人らが本件訴えをもって主張する非財産的利益が全請求について共通であると認められるかどうかについて検討するに、本件訴えは、要するに憲法九条に違反する自衛隊員のカンボジアへの派遣の差止めを求めるというものであって、この訴えをもって主張する利益は、抗告人らにおいて違憲と主張する自衛隊のカンボジア派遣が中止されること自体であるから、その利益は抗告人ら全員を通じて共通のものと認めるのが相当というべきである。抗告人らは、差止めを求める根拠として、「平和的生存権」や「納税者基本権」と名付ける「権利」を主張しているけれども、個々の抗告人らに帰属するというそれらの「権利」が侵害されることによって現に発生している各人固有の不利益の発生の予防・回復を本件において求めているわけではないから、抗告人らが右のような権利を主張しているからといって、本件訴えをもって主張する利益が各抗告人ごとに別個独立に存在するものといわなければならないものではない。

3  そうすると、本件訴えのうち差止めと確認を求める部分(請求の趣旨第一項及び第二項)の訴額は抗告人ら全員について合算しないこととすべきであるから、結局九五万円ということになるが、抗告人らはこのほか各自二万円の慰謝料(合計一〇〇万円)を請求している(同第三項)ので、民事訴訟費用法四条三項に従い多額である一〇〇万円をもって本件訴えの訴額とするのが相当であり、これに対応する訴え提起の手数料の額は八六〇〇円となる。

三以上の次第で、本件補正命令には訴額の算定、ひいては訴え提起の手数料の額を誤った違法があり、その誤った手数料を納入しないことを理由に抗告人らの訴状を却下した原命令は不当であり、本件抗告は理由があるから原命令を取り消すこととする。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 藤原弘道 裁判官 白井博文 裁判官 原田豊)

別紙当事者目録

抗告人 荒井和江

外四九名

右抗告人ら代理人弁護士 位田浩

(同) 弁護士 井上二郎

(同) 弁護士 井上英昭

(同) 弁護士 大野康平

(同) 弁護士 大野町子

(同) 弁護士 岡田義雄

(同) 弁護士 小田幸児

(同) 弁護士 加島宏

(同) 弁護士 片見富士夫

(同) 弁護士 金井塚康弘

(同) 弁護士 冠木克彦

(同) 弁護士 桜井健雄

(同) 弁護士 武村二三夫

(同) 弁護士 中北龍太郎

(同) 弁護士 原田紀敏

(同) 弁護士 藤田一良

(同) 弁護士 藤田正隆

相手方 国

右代表者法務大臣 後藤田正晴

別紙抗告状

原命令の表示

右当事者間の頭書事件について、原告らの訴状をいずれも却下する。

抗告の趣旨

原命令を取り消す。

との裁判を求める。

抗告の理由

一 原命令は、訴状請求の趣旨一項の擬制訴額を金九五万円、同二項の擬制訴額を金九五万円、合計一九〇万円に、原告らの員数五〇を乗じた九五〇〇万円を原告らの訴額とし、訴え提起の手数料の不足を理由に訴状を却下した。右訴額算定の理由は、「原告らの主張の『平和的生存権』及び『納税者基本権』は、いずれも人格権ないしこれに類する権利であるから、個々の原告らに固有のもので、原告一人一人が別個独立に有する権利であって、自衛隊員の国際連合平和維持活動従事の差止めと自衛隊を「派遣したこと」が違憲であるとの確認によって原告らが受ける『利益』は、個々の原告ごとに別個独立に存在するものといわなければならない。」というものである。

しかし、原命令は、明らかに誤りである。

二 請求の趣旨一項は、自衛隊員がカンボジアにおける国際連合平和維持活動に従事することの差止め、同二項は、自衛隊員を右目的のためにカンボジアに派遣したことが違憲であることの確認を求めるものである。右請求は原命令も認めるとおり、経済利益を直接目的とするとはいえないから、いずれも非財産権上の請求であることは明らかである。

そして、非財産的請求の併合訴訟の訴額の算定方法については、非財産的請求は、そもそも固有の意味における訴額は存在せず、いくら併合されても増加することはありえず、一個の請求として処理すべきであり、合算方式をとるべきでない。以下、その理由を明らかにする。

1 このことは既に大審院明治三〇年六月一九日判決(民判決録六・五三)が明言しているところである。

右判決は、旧民事訴訟用印紙法第三条第一項(現行民事訴訟費用等に関する法律第四条第二項に該当)について旧印紙法第二条(現行民訴費用法第三条に該当)、旧民事訴訟法第三条ないし第六条(現行民訴法第二二条、第二三条に該当)の規定は非財産権上の請求には適用しないこと、従って、非財産権上の請求については訴訟物には価格が存しないから、たとえば請求が二個以上あったとしても合算すべき価格は存在する筈がないと述べている。そして、その理由として、旧民訴印紙法第三条第二項(現行民訴費用法第四条第三項に該当)が、非財産権上の請求訴訟とその訴訟によって生ずる財産権上の請求訴訟と併合する時は、その多額な一方の訴訟物の価格によって印紙を貼用することとしているのは、もし、数個の非財産権上の請求訴訟をなす場合に、その各請求の価額を百円(現行法では九五万円)とみなして印紙を貼用しなくてはならないとするなら、この第三条第二項のような規定をもうける必要がないことをあげている。たしかに、右判決の述べるとおり、数個の非財産権上の請求もその数個分を合算しなくてはならないとすれば、非財産権の請求と財産権上の請求との区別なく旧民訴法第四条第一項(現行民訴法第二二条第二項)で解決すべきものであって、特別法として旧民訴印紙法第三条第二項(現行民訴費用法第四条第三項)をもうける必要はなかったといわねばならない。

これに対し、合算方式によるべきであるとする立場は、別に請求ごとに擬制訴額を算定するとするものであるが、右立場は、非財産権上の請求についての訴額が九五万円であることを前提としている。しかしながら、「民事訴訟費用等に関する法律」第四条二項により、非財産権上の請求を九五万円としたのは、本来非財産権上の請求については固有の意味の訴額は考えられないのであるが、民訴法二二条二項が事物管轄を定める必要上、非財産権的請求については九〇万円を超過するものと見なすと定めたことをうけて、九〇万円を超えた最低の価格できりのよい九五万円をもって訴額算定の額としたものである。

従って、非財産権上の請求が他の訴と併合される時には、その請求独自の訴額という概念を容れることはできず、非財産権上の請求が併合された場合にも、吸収方式により全部で九五万円となすべきである。従って、この合算説の考え方は確定した前記大審院判決に違背するものである。

2 更に、仮に非財産権の請求の訴額が個別に九五万円であるという立場に立ったとしても、利益の共通性の有無が吸収法則の適用のメルクマールとされるべきである。

この先例としては東京控訴院昭和五年七月一九日判決、朝鮮高等法院昭和一〇年九月三〇日判決がある。

また、従来実務で離婚の訴と離縁の訴を併合して提起した場合の貼用印紙額について議論がなされ、実務の扱いとしては合算説に落ちついていたのは、その両者が共通性を有しないことを理由にしていることを銘記していただきたい(特別法判例総攬民事手続編上巻六三頁「民事訴訟における訴訟費用等の研究」二一七頁)。

これに対し、たとえば、養子が生存中の養親双方を相手方として提起する離縁ないし養子縁組無効取消の訴えは、各養親との養親子関係はそれぞれ別個のものであって、同一でも重複でもないが、性質上共通であると認められるために、吸収法則が適用されると考えられているのである。

また、非財産権上の請求の例ではあるが、数人の連帯(合同)債務者、主債務者と保証人等を共同被告とする債務不存在確認の訴などは、究極的には一個の経済的利益に向けられた請求であるとして合算する必要がないとされている。

更に例えば、数人の者が提起する会社合併無効の訴え・会社設立無効取消の訴・株主総会決議無効取消の訴え・地方自治法二四二条の二の訴え等についても、右の吸収法則を適用すべきであるとされているが、これらの訴は例えば複数の株主が原告となる場合に株主権は別個独立であるが性質が共通であるとの認識が前提となっており、のみならず請求の趣旨(判決主文)が同一であることが更に考慮に入っていたわけである。すなわち、個々の原告の利益の共通性が請求の同一性という形式を通じて端的に表明されているわけである。

3 本件においては、抗告人らは、自衛隊の海外派遣ないし国連平和維持活動への参加による平和憲法の蹂躪と平和の破壊を止めさせるために、政府による違憲行為の差止めと違憲確認を求めるべく、共同して訴を提起したものである。抗告人らが、損害賠償等請求事件において請求の趣旨一項及び二項が認容されるならば、共通して同一の利益を受けられることになる。まさに、抗告人らの利益は一体ともいうべき共通性を有しているのである。この点で、前述の株主権や各養親子関係などと何ら異なる点がないのである。

4 また、本件訴訟においては、抗告人ら一人でもその請求が認容されるならば、抗告人ら全員に事実上その効力が及ぶ関係にあり、いわば類似的必要的共同訴訟と性質を同一にすることも、充分考慮されなければならない。

5 本件は、憲法の遵守を国に求める極めて有意義な裁判である。しかも、本件裁判は市民の平和と権利の確立にとってかけがえのない重要性を有している。こうした裁判に多額の手数料を求めるならば、裁判は市民に閉ざされたものになってしまう。これは、市民の裁判を受ける権利を奪うに等しい蛮行である。

6 本件訴訟のような差止訴訟においては、従来からその実務においても吸収説が採用されていたことに注目する必要がある。

例えば、大阪空港騒音訴訟においては、差止訴訟と損害賠償訴訟とが併合されているが、民訴費用法四条三項が適用されない財産上の請求と非財産権上の請求の併合の場合であるから、非財産権上の請求にも固有の訴額が存するという立場からは当然合算するという結論にならざるを得ないが、大阪空港騒音訴訟では、第一審から最高裁まで一貫して、差止請求に相当する訴額は算入されず、損害賠償請求に相当する印紙だけが貼用されたに過ぎず、その意味で吸収方式が採用されているのである。

また、千葉地裁昭和五〇年(ヨ)第二三六号ごみ処理施設建設禁止仮処分申請事件は四四三名の債権者が申立てたものであるが、裁判所は債権者の人数に関係なく五〇〇円の手数料を納入させ、右事件の抗告事件東京高裁昭和五一年(ヲ)第七二〇号事件においても裁判所は七五〇円の手数料を納入させたに過ぎない。

このほかにし尿処理場建設禁止仮処分申請事件(熊本地裁昭和四六年(ヨ)第一七四号事件・申請人六七名)、徳島市ごみ焼却場建設差止仮処分申請事件(徳島地裁昭和四九年(ヨ)第四四号、八一号事件・申請人一五九名)、吉田町ごみ処理施設工事禁止仮処分事件(広島地裁昭和四五年(ヨ)第四四三号事件・申請人一三五名)、新東京国際空港航空機給泊施設埋設工事中止仮処分事件(千葉地裁昭和四七年(ヨ)第一四九号事件・申請人四五六名)、水俣ヘドロ処理事業差止仮処分事件なども同じ考え方に立って吸収法則を適用し、処理されている。

7 ちなみに、大阪地裁第八民事部においては、同種の訴訟についてその訴額を本訴抗告人らと同一の考え方に立って審理を進めている。

三 以上の次第であって、本件訴訟は、抗告人らの利益が共通であって、殊に請求が同一であることに鑑み、請求の趣旨一、二項の全体で九五万円と解するのが適正であると考えられるので、原命令を取り消して頂きたく、本申立に及ぶ次第である。

添付書類

一、訴状(写)

二、補正命令(写)

三、却下命令(写)

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